活動報告

支援金がどのように用いられているかをご報告いたします。

【フィリピン】西南学院大学 ワークキャンプ体験記1

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2020年2月21日~3月2日まで 西南学院大学(福岡市)の学生15名が、海外研修でFHフィリピンの活動地ブラカン州サンマテオを訪問。ハンガーゼロがサポートしました。ボランティアワークや1日生活体験を通して貧困の現実を知り、それぞれが多くの気付きを与えられました。参加された6名の学生さんの体験記です。


私たちが見失っているもの
下川祥子 経済学部 経済学科
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私がこのボランティアに応募した理由は、「自分なりの幸せのかたち」を見つけるためです。SNS ※が発達した今、私を含め多くの方がSNS に縛られて毎日の生活を送っているのではないでしょうか。SNS 上の投稿を見て周りの人と比較し空虚感を感じている若者が増えてきているのが現状です。SNS に縛られている私たちが見失っている「幸せ」とは何なのか、現地の方は貧しい生活の中で何に対し「幸せ」を感じているのか知りたいと思い活動に参加しました。

 活動では、教会の施設のリノベーション作業や各家庭のお仕事のお手伝いをさせていただきました。訪れた場所はお手洗い・お風呂も必ずしも綺麗といえるような場所ではありませんでした。しかしそこで子どもたち、同世代の子と時間を共有していくうちに気づかされたこと、それは「常に心から笑顔でいること」でした。彼らは一日のうちに何度笑うのだろうと思ってしまうほど子どもから大人まで楽しそうに周りの方と接していました。

 私たちの多くは、「きれいな場所に住んでいることは当たり前」「お金持ちになることが幸せ」「他人と自分を比較して人より上に立った感覚になった時、幸せを感じる」など、周りといつの間にか競争をして笑顔を忘れ、普通の日常を当たり前と思いすぎているのではないでしょうか。フィリピンに来て、目に見える「裕福」ではなく、人が生きていく上で最も大切にしなければならない『心の豊かさ』では、圧倒的に私たちよりも「裕福」なのではないかと感じました。

 不便な面もありましたが、現地の方の笑顔・愛が伝わってきてとても心が温かくなる日々を送ることができました。「周りと比較しなくていい。心の底から笑い、愛をもって人と接すること」を改めて思い返させられる11 日間でした。

「Thank You」の言葉の重さ
瀬戸口未来 文学部 外国語学科
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 11 日間活動したことはどれも濃い内容で心に残りました。そのなかでも一番印象に残っている活動は地域での1 日体験です。私は、国際飢餓対策機構(FH)のお母さんたちと一緒に貧困地域の家を数十件回り子どもたちの身長と体重を測るという活動をしました。山の中や崖の上など「こんなところに人が住んでいるのか」というような場所に家があり、実際にそこの家庭の現状を目の当たりにした時は言葉を失うほどでした。近くに飲める水もなく、家の壁は竹でつくられてあり、キッチンは外にあり、紙パックジュースの紙の部分を床やカーテンの代わりにして生活していました。そんな厳しい環境のなかでFH のお母さんたちはずっと笑顔で活動していました。この活動を無償で3ヵ月に1回行っていると知り、本当に助けたいという思いなしではこの活動はできないと感じました。「Thank You と言われるのが私たちのやりがいだよ」と彼女たちは教えてくれました。この言葉はボランティア活動でよく耳にしますが、この言葉の重さを身に染みて感じました。

 また、自分自身がどれだけ恵まれた環境で育ってきたのか改めて実感しました。自分の生きている世界の小ささ、今いる環境のありがたさを痛感しました。そして、お金=幸せとは限らないこと。このことはフィリピンの人たちと接するたびに感じました。ある程度のお金は生きるためには必要です。しかしそれ以上に、「毎日毎日を自分らしく楽しむこと」の大切さをこの体験で教えてもらいました。

 この海外ボランティアを自己満足で終わらせないためにも、自分の目で見たもの体験したもの感じたものを多くの人に伝え続けて、毎日を大切に過ごしたいと思います。

過酷な生活を目の当たりに
高下比呂 経済学部 国際経済学科
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 フィリピンの人々の生活を実際に目で見てみたい、という思いでこのボランティア・ワークキャンプに参加しました。私がこのボランティア・ワークキャンプで重視していたことは、人に何かをしてあげるということではなく、現地の人々に寄り添うということでした。

 私がフィリピンで生活する中で、気付いたことの1 つは、人々の生活は過酷だということです。私は、地域の1日体験で現地の人の家を訪問しました。そこで、バナナ狩りの体験をさせていただきました。バナナの樹は山の斜面に立っていて、その場所まで歩いて山を下りていきました。ただでさえ急な山の斜面で危険であるにも関わらず、雨が降った後だったため、地面はぬかるんでいて滑りやすく、より一層危険でした。案内してくださった現地のお母さんは、サンダルでスタスタと山を下りていたので、本当に驚きました。バナナの樹は想像以上に堅く、かなり力を込めなければ切り倒すことはできませんでした。また、タロイモを洗う作業をさせていただきました。芋の泥を落とし、周りにあるスジを取るのですが、始めは手ではなく足で洗うということに衝撃を受けました。芋はかなりたくさんの量がありましたが、子どもたちが学校に行っている間、お母さんはこの作業を一人でしていると聞きました。実際に現地で暮らす人々の生活を目で見て、生活の過酷さを知りました。

 フィリピンの人とふれあってみて、フィリピンは自分を受け入れてくれる場所だと思いました。活動が終わるとき教会で自分の隣に座っている子どもが泣いている姿を見て、私も自然と涙が溢れ出てきました。このように、素の自分、ありのままの自分でいることができたのは、フィリピンで11 日間を過ごしたからだと思います。

日本人としての衝撃と痛み
山口温菜(はるな) 法学部 法律学科
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 今回の研修で私に強烈な印象を残した1 つ目は、日帰りのホームステイ先のお母さんとの出会いである。それは、「I'm poor」という言葉である。私はこの言葉に対して、貧しい、悲しいというイメージを抱いていたが、その方はその言葉を満面の笑顔で言われたのである。笑顔と豊かさが比例すると思っていた私には、「I'm poor」という言葉と笑顔が結びつかず、強烈な印象を受けた。その方が最終日に会いに来てぎゅっと抱きしめてくれた温かさを私は忘れない。

 もう1 つは、戦時中に亡くなったフィリピンの方を覚える場所を訪れたことである。私は沖縄や広島の平和研修に参加したが、そこは日本が被害者であった。しかしフィリピンで初めて、日本が加害者であることを痛感する場所を訪れた。私はそこで日本が外国にしたことを目の前で突きつけられたのである。衝撃と痛みを覚えた。フィリピンの方が話しづらいけど、と言いながら歴史を教えてくれた最後に、「あなたがたに申し訳ないと思ってほしくない。日本はフィリピンに対して酷いことをしたかもしれないけれど、その後たくさん良いことをしてくれた。」と言われた。私はその話を聞いて、申し訳ないと思うと同時に、自分が知らなかったことを恥ずかしく思った。その後フィリピンと日本の友好の象徴として握手をした。その手がとても温かく、大きな赦しで包まれたような気がした。握手してもらったこと、お母さんに抱きしめてもらったこと、それは全てを包んでくれるような温かさであった。

 私は、11 日間の活動の中で、多くの素晴らしい経験をし、多くの人に出会うことができた。このことに感謝するとともに、私にとって、フィリピンが遠い国ではなく、あの温かさがある場所に変わった。

私の当たり前が通じなかった
河津菜々子 文学部 英文学科
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 マニラ空港に着いた時、フィリピンって綺麗じゃん!めちゃくちゃ都会!と思ったのが私の本音でした。しかし車を走らせると道もだんだんと細くなり、薄暗くなっていきました。約3 時間車に乗って到着した町で一番衝撃的だったのが水回りで、トイレは便座がないと聞いていたものの、お風呂がシャワーではなく、蛇口からトイレを流す水と同じ水ということでした。

 活動で初めてペンキ塗りをして、塗るところが多く、天井を塗るときは身体がきつかったですが、現地の方が丁寧に教えてくれました。この作業を同世代の子が慣れた手つきでやっているのを見て、これはこの町にとって当たり前のことなのだと思いました。作業中に「専攻は何」と聞かれ、英文学と答えると「なら将来は先生になるの?」と言われました。違うよと答えると相手は驚いていて、「ならなぜそれを専攻したの」と聞かれ、文学を通して文化を学んでいる、と答えても納得して貰えませんでした。ここの方たちは将来したいことが決まっているから大学に行くんだ、と大学に入ってから将来することを決めようと思っていた私は恥ずかしく思いました。

 また屋台で春巻きのような食べ物を売るお仕事を体験させていただきました。その家のご主人は以前日本に出稼ぎにいっており、次はまた他の国に出稼ぎに行くと仰っていました。小さい子どもが3 人いるのに離れて暮らして家族を養う大変さを知りました。

 フィリピンの方は教会に集まって、家族のように隣人と仲が良く、子どもたちも全員顔見知りで友だち。教会のような機会があるため笑顔が多くていつも幸せそうに過ごしているのではないかと思います。

 日本では当たり前のことが当たり前ではないということが、この活動で改めて実感したし、笑顔でいることは自分もそして周りの人も幸せにできる力を持っていることが分かりました。

これこそが幸せの原点では
木下実紘 人間科学部 社会福祉学科
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 「幸せはいつも自分の心が決める」相田みつを 
 この言葉のように、幸せは、周りの環境によって決まるものではなく、自らが作り出すものであることを、フィリピンの人々との出会いを通して学び、実感できたように思います。

 ボランティアに参加する前は、日本のような快適な環境が幸せの土台にあると感じていました。食べ物がおいしい、学校に通える、衛生環境が整っているなどが幸せの基準の多くを占めていました。そのため「貧困」という現実は、幸せから遠いところにあるような感覚が自分の中にあったような気がします。しかしフィリピンの人々は、底抜けに明るく、優しく、そしていつも笑顔でした。私の中の、暗く閉ざされたような貧困のイメージは大きく覆されました。そして今まで、モノや他者との比較によって幸せを感じていた自分にも気づかされました。言い換えれば、自分にないものや自分ができないことばかりに注目し、コンプレックスを抱いたり、嘆いたりすることが多く、本当の意味で自分自身の幸せを感じることができていないのではないか、ということに気づかされた気がしたのです。フィリピンの人々のようにいつも明るく、小さなこと一つ一つに喜びを見出す生活こそが幸せの原点なのではないかと思えました。

 また、私にとって今回の参加は大きな挑戦でした。私は周りの目を気にし、自分で行動範囲を狭めるようなところがあり、これまでなかなか新しいことにチャレンジすることができませんでした。そんな自分を変えたいという思いから応募したこのボランティアでしたが、多くの人々との出会いや現地でしか得られない貴重な経験など、そのすべてが私の人生の財産になりました。私自身の幸せの在り方を見つめ直し、周りに幸せを与えられるような人になりたいです。

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