スタッフブログ

スタッフが業務や生活の中で通じて気づいたことや各事務所でのハンガーゼロ の取り組みを紹介します

変わるものと 変わらないもの 連載12

前号(注)で紹介したルシオ君はアルコール依存症の父親の死後 、字が読めず歩行困難な母の為に休学して働いていました。愛の支援を受け、雨つゆをしのぐ一部屋が完成して喜んでいた矢先、左腕2箇所を骨折。手術は成功したものの、彼と母親には出生・身分証明書がないことが判明して退院許可が下りず、法律に基づく引き取り手がいなければ彼は政府の施設に送られるという、まさに八方ふさがりの状態でした。

泣きたかったら泣きなさい
「 だから僕は町の病院へは来たくなかったんだ!治療せず腕が曲がったままでも生きていける。僕の村には脚や腕が無い人が何人もいる。僕もそれでよかったのに。お母さんに会いたい!」 と、彼は号泣して私に訴えました。私は強い口調で「ルシオ、悲しいのはよくわかる。泣きたかったら思い切り泣きなさい。でもあなたの腕を手術することは絶対に必要だった。あなた自身とお母さんの今後のために!神様がきっと解決して下さるから、それを信じて祈りながら待っているのよ。もう少しの辛抱だから!」と諭しました。その後何人かの人に相談し、あらゆる可能性を模索し書類申請の為に駈けずり回りましたが、どこでも「書類不備」 の一言で門前払いでした。

不可能が可能になった奇跡
しかしそのような状況の中、神様は不思議な方法で助け手を何人も与えて下さいました。まず同じ村出身の同病院内薬局で働く婦人。そしてコチャバンバ在住の彼の叔父が思いがけなく現れ、身元保証人を引き受けてくれたことと、支援経験豊かな男性クリスチャンが司法省の責任者と掛け合って下さったことで、ついに出生証明書の発行が実現したのです!その後同病院の入院児童の教育担当で、J I F H 前支援地域のスタッフだったロサさんと出会え、彼女の上司でコチャバンバ市役所「子どもの権利擁護部署」の最高責任者に直談判がかなって叔父が身元引取り許可を得、ルシオ君は2週間ぶりに退院できたのです。「不可能だ」と何度も拒否されていただけに、これはまさに奇跡でした!(彼は13歳ではなく15歳だということも判明)。 必要を覚えていたルシオ君に関わって下さったお一人お一人の、変わらない愛の行動によってこれが成し遂げられ たことを、心から神様に感謝しています。


ルシオ君退院.jpg
【写真】退院の日。叔父さん、同じ村出身のグロリアさんと


「これらの最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたし(イエス・キリスト) にしたのです」聖書
ボリビア多民族国 駐在 小西小百合

(注)前号(2018 年8月号)は日本国際飢餓対策機構のホームページ内の「飢餓対策ニュース」に掲載

スタッフブログ一覧へ戻る

支援はこちらから

支援についてのよくある質問支援方法はこちらをご確認ください。

わたしから始める「一時募金」

1000円から任意の金額で始めて頂けます。

今回支援する

世界を変える「毎月募金」

毎月1000円から任意の金額で始めて頂けます。

継続的に支援する