スタッフブログ

スタッフが業務や生活の中で通じて気づいたことや各事務所でのハンガーゼロ の取り組みを紹介します

2019年 ナイトdeライトと行くウガンダスタディーツアー 参加者体験記No.2

52469147_10156900131446203_8861680179295027200_n.jpg

「宝物を探しにいこう」 横山大輔
初めてアフリカのツアーに参加させていただきました。
世界の飢餓問題について、考えていた時に、この物質的に豊かな日本から、貧困と言われるアフリカに対して、何が出来るだろうと思う中で、今回のチラシを見つけ、ウガンダスタディーツアーに参加しました。
「あなたの宝物はなんですか?」これがツアーのテーマです。
アフリカの真珠と言われるウガンダに1週間ほど訪問し、現地のFood for Hungryのスタッフや、働きを見させていただく中で、また学校訪問や村を訪問する中で、一番印象に残ったことは、貧困とは程遠い、アフリカ人の内側にある豊かさ、親切さ、優しさ、きめ細やかさ、温かさでした。
学校を訪問すれば、私たち日本人のチームを踊りや歌で大歓迎してくださり、私たちの存在をまるで宝物のように愛してくれました。子ども達は、私たちの手を握り、笑顔でどこにでもついてきてくれました。

また日本から持っていった折り紙、凧揚げなどで子供たちと遊ぶ中で感じたのは、「何もないことは良い事だ」ということでした。広い校庭で、無邪気に笑顔で走り回る子供たちの姿。日本では、公園も緑も減ってきて、小さい公園でさえ、子どもたちはゲームを持ち、親たちは、携帯電話でユーチューブを子どもに見せていたりと、互いのコミュニケーションは貧困です。参加者の一人が、朝の聖書を読む時間に、『アフリカと日本のどちらの子どもが豊かかどうか分からないね。』と話していました。
また、様々なサポートによって、日本がアフリカの味方になっていることは事実であり、今後も経済的な支援を続けていくことは必要なことだとも思いました。また、個人的には、アフリカへの支援は、将来的には日本の未来への投資になるのではないかと思わされました。少子高齢化社会を迎える日本と、子供たちで溢れかえるウガンダ。お互いの未来はどうなるのかなと思った時に、日本の若者たちだけでは、支えていけないような社会が将来やってくる中で、いつか日本がアフリカに支えられる時代がくるのではないかということを感じました。どちらが、上とか下とかは、神様の目線では何も関係なく平等な中で、いま助けが必要としているところに、助けの手を差し伸べることが、当たり前の行為であり、共に喜び、共に泣く。家族としての、助け合い、支え合い。愛し合う世界。またイエス様が望んでおられる世界、神の国の豊かさではないかと思いました。ウガンダの子供たちから受けた愛によって、私たち一人ひとりの存在が宝物であることがわかり、また現在生かされているすべての人の存在が、愛されるべき存在であり宝物だと感じたウガンダツアーでした。その大切な一人ひとり、またアフリカの子供たちに愛を差しのべ続けていけるかが課題です。自分に何ができるかを考えながらこれからも、祈りと具体的な支援を持ってサポートしていけますように。

あなたは、あなたの神、主の聖なる民だからである。あなたの神、主は、地の面のすべての国々の民のうちから、あなたを選んでご自分の宝の民とされた。『聖書 申命記7章6節』

「宝物-それは笑顔」 鈴木 明日香
今回のツアーで私たちが一貫して問われていたのは、ウガンダに住む方々の宝物とは何か、ということでした。私にとってこれは非常に難しい質問でした。明確な答えが見つからないまま帰国し、数日経った今、私の心に鮮明に残り焼き付いているものがあります。それは、現地の方々の笑顔です。ウガンダで出会った、たくさんの子どもたち、また村のお母さんや村長さん。彼ら一人一人のまっすぐな瞳と笑顔が浮かんで来ます。DSC_0048.JPG
彼らの生活は私たち、日本で暮らしている人々にとっては決して便利とは言えません。頭では理解しているつもりでも実際に現地を訪れてみると、本当に驚くようなことが多くありました。しかし、現地の方々は訪れた私たちを、心を込めて歓迎し溢れる笑顔と感謝を持って迎えてくれました。
そんな中で、私の中で率直な疑問が湧いて来ました。それは、「物がなくても笑っていられるのか。」ということです。ツアー中は毎朝、聖書を読む時間があり、ある参加者が「お金がなくなってくると夫婦喧嘩が増える」と仰っていました。お金がない、本当に物質的に困窮したことのない私は、答えを出すことはできませんが、お金が無くなると、日々の生活に困ることはもちろん、それに伴う焦りや、憤り、後悔、また人を責める気持ちなども生じやすくなるのかなと話しを聞きながら思いました。
私たちの生活と比べると彼らの毎日は不足しているのではないかと感じます。でも、彼らには笑顔があった。その笑顔は決して作り笑いではなく、生きている喜びを感じている笑顔でした。彼らは「他の生活を知らないから、今の生活に欠乏を感じないのではないか」という意見もあると思いますが、それは違うと思います。子どもたちと話をすると、必ずと言っていいほどお金や水を欲しがるし、しっかりとした知識もあります。無知で笑っているのでは無い、様々なことを知っていても笑顔なのです。
笑顔というのは、あれがあるから笑うとか、これが揃っているから笑うとか、そういうものではなく、何も奪い取ることが出来ない自由なものなのだと学ばされました。
無いものに目を留め、呟きながら日々を過ごすよりも、どんな状況でも今、生かされている喜び、与えられているものに感謝し、笑顔で暮らすことは本当に豊かな生き方であると心から思いました。
彼らには、きれいごとだけでは無く、様々な戦いがこれからの人生にはあるかもしれません。けれども、永遠の光に出会うように心から応援し、祈っていきたいと思いました。彼らの宝物である笑顔は今、私自身の宝となって心の中で輝いています。

「ウガンダでの出会い」森河莉央
私の宝物はウガンダの人たちと過ごせたことだった。毎日、交流できるのが楽しみとなり、時間が経つのがあっという間だった。彼らは恥ずかしがらずに、大胆にダンスを踊り、大きな声で歌い、伝統の手拍子で感謝を表現する。最初はびっくりしたけれども、独特の歓迎スタイル、感謝の表現は、旅の終盤には大好きになっていた。FHウガンダの活動内容はツアーに参加するまで詳しく知らなかった。アフリカのためにいつか働きたい、そうぼんやりと考えていて、そのために経験値を積みたかった。しかし、こちらの理由など関係なく、子どもたちは大喜びで走り寄り、私の手を奪い合うように握ってくれて、「名前は何?」と綺麗な目をぱちぱちさせながら尋ねてくる。私の片言の現地語をクスクス笑いながら訂正してくれた。眼鏡は「グーガ」というらしい。教えてくれた子供に眼鏡をつけてあげたら、周りも大笑い。日本では眼鏡っ子が沢山いるけど、そういえば、ウガンダにはほとんどいなかった。目が悪くても眼鏡が買えないのかもしれないし、環境の違いで目が悪くならないのかもしれない。そういえば、サポートで配布された小さなソーラーパネルによって、夜も読書ができるようになったと喜んでいた少年がいた。暗いところで本を読むと注意される日本だけど、ウガンダでは小さなライトが家族の希望の光だったりするのかなあと思った。
DSC_0326.NEF.jpgウガンダの人々との交流はどれも素敵だったが、特に印象深い出会いはリタとローレン。ナイトdeライトのチャイルドであるハジャラ君の家を訪問した際に、彼の誕生日を祝いに来ていたハジャラ君の友だち。ナイトdeライトのライブでは、ハジャラ君と一緒にダンスをしてとても楽しそうだった。リタの腕をふと見ると「happy new year 2019 」と書かれたブレスレットを付けていた。「それいいね」と言うと私に差し出してくれた。何気なく褒めたつもりだったが、まさか貰ってしまうことになるとは。しかも2019だから新しいもののはず。彼女はそれを惜しげもなく私にくれた。すごく申し訳なかったけど、リタの優しさに感謝していただいた。また、ローレンは井戸まで水汲みをしにいく時、かばんをさっと持ってくれた。そしてすぐ近くの自宅を見せてくれた。みんなご近所さんで仲良し。ローレンのおうちには沢山の鶏と雛がいた。慣れた手つきで彼らに水をやり、タンクの水がなくなったので一緒に井戸に向かう途中、コーヒー豆やバナナの木も見せてくれた。満タンになったタンクの水がこぼれないようにバナナの花の外側を剥いて適当なサイズにして蓋をする。「ほら、こぼれないでしょ?」というようにローレンが見せてくれた。年齢は聞かなかったけど、きっと中学生くらい。普段から家のお手伝いをよくやっているのだろう。最後に二人の夢を聞くと医者と教師と答えた。彼らにとって身近な存在なのか、はたまた安定した職業だからだろうか、そう答える子供が多い印象を受けた。次に行く時は「なぜ?」「きっかけは?」と少し突っ込んだ質問をしてみたい。
この国では一定の年齢の女の子が突然学校に来なくなることがある。それは結婚や仕事によるものではなく、生理のためだと聞いた。生理用品は高価なので貧しい家庭では手に入りにくい。毎月やってくるその時期にきちんと対処できなければ、学校に来ることが憚られてしまう。そういうことも男性社会であればなかなか気づかれにくいし、教育支援のために周辺の生活の細かい配慮や心のケアもしていかなければなあと思わされた。
FHウガンダが支援しているヘルスセンターに行った時、あまりにも日本の医療現場との違いに驚いた。主に産婦人科、救急、エイズ、一般診察室の四つの部屋がある。広さはあるのだが、ベッドやイスの数は数個しかない。そして診察室には聴診器、身長計、体重計以外の検査器具が見当たらない。もしかしたらどこかに保管してあるのかもしれないけど十分とは言い難い。私たちがヘルスセンターを見学していると急患が到着した。バイクで二人の男性に挟まれるようにして乗り、支えられていたが意識レベルも低く、重症そうだった。このヘルスセンターはだいたい4つのエリアから患者がくるが、かなり広域なのに救急車は1台のみで、ガソリンスタンドに常駐している(ように見えた)。運ばれてきた患者は救急外来のベッドに寝せられて、すぐにナースが点滴を始めた。お腹が痛いらしいが、当時ドクターは居なかったようで、彼女がその後どうなったのか分からない。ウガンダではマラリアや肺炎の患者が多いそうで、あるFHUスタッフの赤ちゃんもマラリアだときいた。ナースの一人に自分が医療関係の学生であることを話すと「ぜひウガンダに戻ってきて働いてほしい。」と言われた。彼女のその言葉の背景にある医療事情を深く理解はしていないが、必ず戻ってきたいと強く願っている。
学校には色んな子供がいる。小学校の授業料は無償なので、家庭が許せば学校に来ることはできる。カイチ小学校では約900人の生徒に対して先生は10人ほど。午前と午後で授業を分けているが、それでも教室は生徒であふれかえっているし、カイチ小学校の場合は窓がないので雨や嵐に降られると大変だ。また、授業料は無償でも、教科書や制服などの費用は自腹なので、年間5000円ほどは必要になると聞いた。それも払えない家庭がたくさんあって、その子たちは誰かの教科書やノートをみたり、頭で考えたりしながら学習しているのだろう。子供たちの間で摩擦はないのか?との問いに、サポートを受けている子とそうでない子、またスポンサーがウガンダを訪れた場合と、そうでない場合でも嫉妬が生まれると聞いた。しかし、どんな支援にも一時的には差が生じるかもしれないが、行われている自立支援が回りまわって地域を変革していることを活動地を見て知った。ある地域にサポート・チャイルドがいることで、その地域に井戸や学校が建てられて周りも利用できたり、ビジネスが広がったり、貯蓄グループだって生まれる。チャイルドが大人になり、地域、引いては国に貢献することも期待出来る。子ども一人のスポンサーになることは一人を助けるだけではなく、地域全体の発展に役立つのだと感じた。
また裸足で走り回るこどもたちがいたのも印象的だった。靴を履いている子もいるが、サッカーもダンスも裸足で駆け回る子どもたちが多い。学校案内をしてくれた時、草の上を軽快に進む子供たちに引っ張られながら、学校の畑を見たが、足の裏を怪我してしまわないか心配だった。木に登って自分の頭より大きな名産のジャックフルーツをとってくれる子もいたし、沢山の子どもたちが背伸びして木の実をとって、歩きながら食べていた。この国も食べ歩き文化はあるが、日本と様相が違って面白い。とにかく沢山の習慣を肌で感じられて最高の異文化体験が出来たツアーだった。
ウガンダに来る前、アフリカといえば貧困と病、犯罪のイメージだったが、来てみるとその負のイメージは塗替えられた。もちろんツアーでは安全を確保されているし、FHウガンダの支援が入っているところはある程度の貧困層が自立できる仕組みになっているからというのもある。しかし、ウガンダの人々の底抜けの笑顔と沢山の緑、作物は負のイメージを払拭するほど豊かさを感じさせてくれた。日本だって足りているもの、足りないもの、いいところ、悪いところはあって、ウガンダでもそれらの一部を垣間見ることが出来たのはとても良い経験だった。FHウガンダが現地の行政や学校との関係を良好に保ち、何より愛をもって地域に仕えてきたからこそ、その土台の上に私たちは立たせてもらって、現地の人たちと交流を楽しむことができた。「また来ます」という言葉に嘘がないよう、これから続けてこの国のことを覚えて祈り、支援していこうと思う。


参加者体験記No.1へ

スタッフブログ一覧へ戻る

支援はこちらから

支援についてのよくある質問支援方法はこちらをご確認ください。

わたしから始める「一時募金」

1000円から任意の金額で始めて頂けます。

今回支援する

世界を変える「毎月募金」

毎月1000円から任意の金額で始めて頂けます。

継続的に支援する