スタッフブログ

スタッフが業務や生活の中で通じて気づいたことや各事務所でのハンガーゼロ の取り組みを紹介します

2019年 ナイトdeライトと行くウガンダスタディーツアー 「ナイトde ライト」4人の体験記

親善大使の「ナイトde ライト」のみなさんには2016 年7月にカンボジアに視察に行っていただきました。2回目となる今回は、4人でサポートしているハジャラ君の住むウガンダ共和国。真冬の北半球から真夏の南半球へ。スタディーツアー参加者体験記に続き、アフリカ大陸初上陸の「ナイトde ライト」の体験記をお届けします。

WEB_rgbナイライ01.jpg

サポートの重みを実感 長沢 紘宣 ながさわひろのり
WEB_rgb_長沢さん.jpg

 親善大使としては2度目となる海外視察に行って来ました。今回はウガンダ。どんな出会いが待っているのだろうと期待に胸を膨らませてアフリカの地に降り立ちました。

 ウガンダの都市部は日本と変わらないようなビルや商業施設がたくさんあり、若者たちはおしゃれをして、想像していたアフリカとは違う光景でしたが、都市部を出て車を走らせるとすぐに、赤土の舗装されていない道路、両側ははるか向こうまで広がる草原と、ザ・アフリカという景色でした。

 いくつかの村をまわり、学校やサポートをしている子どもの家を訪問して、感じたことは、やはり生活の基盤が日本とは大きく違うということ。都市部では料理も海外のものを食べることができますが、村々ではヤギか鶏の肉。トウモロコシの粉をペースト状にしたものと、甘くないバナナを蒸したものなど、メニューは限られています。生活用水にしても綺麗な浄水など無く、家畜の糞や虫の死骸などが混在する溜池から汲んで来たもので洗濯などをする。かえって汚くなるのでは?と疑問に思ってしまうほど、日本からみると苛酷な環境で過ごしていることが分かりました。平均寿命は52 歳くらいだそうで、確かに村を歩いていてもおじいちゃん、おばあちゃんを見かけることはほとんどありませんでした。あの環境で生活していたら、長くは生きられないのかもしれないなと思います。

 実際、学校を訪問した時も、10 歳くらいの女の子がずっと手をつないで学校の敷地を案内してくれましたが、周りの友だちに聞こえないくらいの小声で「water」と何度も囁いてきました。僕が持っているミネラルウォーターが欲しかったのでしょう。学校からも僕たちに物をねだるようなことはしてはいけないと子どもたちは教えられていたそうですが、それでも聞こえないように何度も僕に水をねだってきていました。ペットボトルに入ったミネラルウォーターを口にする機会があまりないのかもしれません。僕も聞こえないふりをするのがとても心苦しかったです。その子の少し寂しそうな横顔を忘れることはできません。

 もう一つは、子どもにとって支援を受けるということがどれほど大きなことかを痛感しました。ある家を訪問したときに、その家の男の子に「今までで一番嬉しかったことは?」という質問をしてみましたが、サポートを受けることが決まったときです。と答えてくれました。それだけハンガーゼロの働きが彼らにとって大きなものであることが分かったし、まだサポートを受けることができていない家庭にとってはどんなにサポートを待っているのだろうとを考えさせられました。支援の輪を広げて、一人でも多くの命のために、豊かな国にいる僕たちにできることをしなければいけないと思わされました。

音楽は生活の一部
 ミュージシャンとしては、音楽が彼らの生活の中で本当に大きな部分を担っているというのを感じることができたのは嬉しかったです。彼らは音楽が大好きです。大好きというよりも、本当に生活の一部です。喜びや感謝、悲しみさえも彼らは音楽で表現していました。それは、僕らにとっても大きな励ましとなりました。

 今回、日本にあってウガンダに無いもの、ウガンダにあって日本に無いものを見ることができました。物はなくても彼らの心は豊かだし、力強さがあります。でも、確かに貧しさの中で失われてしまう命や健康があり、生きていくために必要な知識を得ることがまだまだできていない現状があります。これからも彼らのために自分にできることは何かを考え、実践していきたいと思います。

ウガンダにある豊かさ 田中 満矢 たなかみちや
WEB_rgb_田中さん.jpg

 日本にはあってウガンダには無い豊かさがあります。でも、ウガンダにはあって日本には無い豊かさがありました。

 僕らのバスの姿が見えると走り寄って手を差し伸べ、笑顔で握手を求める小学校の子どもたち。日本ではすぐに飽きるであろう簡単な折り紙の凧を持って大喜びで走り回る子どもたち。帰りのバスが出発すると足がタイヤの下敷きになるんじゃないかと思うほど近くを走って見送る子どもたち。今回のスタディツアーのテーマは「彼らの宝物を見つけよう」でした。ずっと考えながら村や家を訪問していましたが、あたかもそれは「わたし」であるかのように感じさせるほど彼らはジッと見つめ、手を差し伸べ、追いかけてくれました。

 小学校に着くと見たことのない特徴的なリズムをとって歌い踊り歓迎してくれました。マイクなしでも十分に響かせる声量とキレッキレの踊り。ゾクゾクする打楽器の演奏にドラマーの僕は一緒に叩きたくなるのを必死で我慢していました。彼らの歓迎を受けて今度はナイトde ライトが歌で応えます。手拍子を合わせ一緒に腕を振る。ウガンダ特有の口笛の声援を受け、僕らも真似をして返す。音楽が国境を超え一体感を与えた瞬間でした。

 今回の旅でひとつだけ後悔があります。それはプレゼントしようと持っていったフリスビーと習字セットを持って帰ってきてしまったことです。フリスビーで子どもたちと遊びました。彼らは大喜びだったのですが、旅の序盤だったこともあり「もう少し使ってから一番いいところでプレゼントしよう」と思っていました。しかしその後フリスビーを使うタイミングはなく、気づけば贈る機会も逃してしまいました。習字セットも同じです。「あの時プレゼントしておけばよかった!」と後悔しても時すでに遅しでした。

 私が天国に帰った時、同じ後悔をしたくありません。「地上でもっと分かち合えればよかった!天にはこんなに宝があったのに!」と言いたくありません。経済も体力も時間も、分かち合うことを惜しんでしまう僕です。しかし、私たちを養ってくださっている豊かな天の父は「与えなさい。そうすれば与えられる」と言われるお方です。ウガンダにあった「豊かさ」に心満たされました。そして私たちが持っている「豊かさ」があります。世界中が大家族。今日という日が終わる前に、恵みのおすそ分けができる人でありたい。そんな願いが与えられた旅でした。

この違いは何なんだろう 平野 翔一 ひらのしょういち
WEB_rgb_平野さん2.jpg

 ハンガーゼロの親善大使をしていなければおそらく訪れることがなかったアフリカ。マイナス15 度の札幌から30度超えの暑い熱いウガンダへの旅。このスタディツアーを通して、ここでは語りつくせないほど多くのことを感じて帰ってきましたが、僕の中でこのツアー全体を振り返った時に心に浮かんだ言葉は「違い」でした。

 あらゆるものがどんどん便利になっていき何不自由なく暮らせる豊かな日本と比べて、物質的に貧しいと感じる中でも子どもから大人まで協力し合いながら生活しているウガンダ。僕たちが日本で過ごしている生活や感覚とすべてが違いました。首都カンパラから車で数時間のナムトゥンバ地区。ここで出会った人々の生活に僅かでも触れることができたということが僕の中で感じた違いをより明確に感じさせてくれました。

 村の人がいつもしている水汲みや洗濯、料理。僕たちが普段あたりまえにしている家事がこの村では大変な労力と時間がかかるのです。一緒にお手伝いさせてもらいましたが、これが本当に大変な作業で、僕たちがゼェーゼェー息を切らしながら水汲みや洗濯をしていると、近くにいる子どもたちがやり方を教えてくれたり手伝ってくれました。村の子たちは自分の家のために汲んできた水だけでなく隣近所の家族とも助け合いながら家事を手伝っているようでした。自分だけの力では生きていけないとわかっている彼らは、家族以外の村人ともまるで本当の家族のように助け合いながら暮らしているのがわかりました。このような光景も今の日本ではなかなか見ることがありません。

 学校を訪問した時にはたくさんの子どもたちが笑顔で歓迎してくれましたが、その交わりの中であることに気がつきました。それは制服を着ている子とそうでない子がいること。靴を履いている子と履いていない子がいること。この村の中でも家庭によって生活水準の違いがあるのかと思っていました。実はチャイルドサポートを受けている子とそうでない子の違いだと聞きました。1 人毎月4 千円のサポートによって子どもたちの教育や生活を大きく変えていくことができるのです。日本の子どもたちは高水準の教育をあたりまえに受けることができます。

 他にも書ききれないほどたくさんの違いを見ました。自分の目の前に多くのものが揃っているはずの日本と、備えがない中で目の前にあるものを大切に、また感謝しながら生きているウガンダ。満ち足りるとはどういうことなのか。本当の豊かさとは何か。日本とウガンダの違いからそういったことを考えさせられた、僕の人生にとって忘れられない旅となりました。

命の重さが違うのか... 三橋 恵之矩 みつはしえのく
WEB_rgb_エノクさん2.jpg

 「どれだけの人がアフリカに行けるチャンスがあるのか」と考えた時、ただただ感謝で神様が見せたい景色、感じて欲しい事、受け取って欲しい物を素直に受け取れたらと出発前から期待感に溢れる楽しみなツアーでした。

 マイナス15 度の北海道から30 度超えのウガンダへ。飛行機を出た瞬間、寒暖差45 度ある乾いた熱気の歓迎を受けたのがウガンダツアーの始まりでした。どこを見ても日本人はおろかアジア人は居ず、まさに異国と言う状況に旅の冒頭から、テンションが上がりっぱなしでした。そしてバスの中から見る景色は見たこともない家、お店、木々、日本にいたら見る事がない壮大な景色。魂の奥底から湧き上がってくるエネルギーを感じました。本当に色んな体験をし色んな想いがこみ上げるスタディツアーで、全部を事細かに書き上げようとしたら何ページになるかわからないので、強く思わされた事を書こうと思います。

 日本は色んな物で満たされ過ぎていて本当の意味で生きると言う本質に目が行きづらい国だと感じました。命を維持すると言う意味ではなんの不自由もなく、病院など人として生きる上で全ての環境が整っている国です。でもなぜ自殺者が後を絶たないのか?そこで思わされたのが物質に満たされる事がイコール幸せではないという事です。むしろ物がありすぎて創造主である神様が望んでいる「生きる」と言う本質が見えなくなっているように思えました。

 ウガンダは日本に比べると物質的には余り豊かではありません。食文化を見てもすぐ分かりますがそこに分けるゆとりなんてどこにもありません。日本ではすぐ治ってしまう様な病気でもウガンダでは亡くなってしまう人が多くいます。圧倒的に大人になれるパーセンテージが日本に比べて低いのです。ですが、目の輝きが違います。生きるという意味、生きている感謝、そもそも自分の命の重さが国単位で違うのではないかと思いました。生きたいのに生きることができない日常を目の当たりにしてきた人たちは、本当にバイタリティーに溢れている、そう感じました。

 そんな国に私たちが出来る事は至極単純で、私たちが与えられている物を分かちあえる事、そのことによって私たちの心が豊かになっていく。神様の目線に立ち聖書の価値観で行動する必要があると思わされたスタディーツアーでした。学校訪問また学校でのライブ、サポートをさせて頂いているハジャラ君との出会い、FH ウガンダと歌って踊って一緒に過ごした短い日々が間違いなく自分にとってかけがえのない時間になりました。機会を与えてくださったハンガーゼロの皆様、そして神様に感謝しかありません。


僕たちのハジャラ君に会えたよ!
WEB_rgb_ハジャラ君.jpg

「ここでは、誕生日をお祝いする習慣がないと聞いて、誕生日当日に一緒にケーキを食べて、一緒に歌って、お祝いしたことは、思い出に残る1 日になったのかなと思うと、自分たちも嬉しかった。」
「両親がいないと聞いて、自分たちが彼をサポートしていることが、大きな意味があることだと感じた。」
「実際に彼に会えて、ますます身近に感じた。僕たちが帰るバスを追いかけてきてくれた彼の姿を見て『一緒に日本に帰ろうか』と言いそうになった。」


-----------------------------
次回のツアー2020年
2020年2月又は3月に「バングラデシュ・スタディツアー」を実施する予定です。
詳しくは東京事務所TEL.03-3518-0781 まで
-----------------------------

【関連記事】
2019年04月03日 2019年 ナイトdeライトと行くウガンダスタディーツアー 参加者体験記 No.1
2019年04月10日 2019年 ナイトdeライトと行くウガンダスタディーツアー 参加者体験記 No.2
2019年04月15日 2019年 ナイトdeライトと行くウガンダスタディーツアー 参加者体験記 No.3

スタッフブログ一覧へ戻る

支援はこちらから

支援についてのよくある質問支援方法はこちらをご確認ください。

わたしから始める「一時募金」

1000円から任意の金額で始めて頂けます。

今回支援する

世界を変える「毎月募金」

毎月1000円から任意の金額で始めて頂けます。

継続的に支援する