スタッフブログ

スタッフが業務や生活の中で通じて気づいたことや各事務所でのハンガーゼロ の取り組みを紹介します

【HOLPFI】マイ/アルサビ村 村ごと引っ越しの後、一難去って、また一難

HOLPFIは村の人たちと共に歩み、村の人たちが自分たちで一つ一つの問題を解決していけるよう支援しています。

=台風=
2019年2月、昨年、NPA(共産ゲリラ)の村への頻繁な訪問からの回避、という思いがけない形でしたが、マイ村の人たちの長年の願いが叶い、麓の村の近くの土地、アルサビに引越しました。教会を建て、家を建て、教室も建て、家庭菜園も初めて少しずつ落ち着いた生活が始まっていました。2019年12月3日台風28号(ティソイ)はミンドロ島北部を通過。台風の被害に遭い、村のほとんどの家が強風で吹き飛ばされましたが、あっという間に学校、教会、家の修復が終わりました。拾いあつめたもので修復したため、完全ではありませんが学校は再開、生活もできるようになりました。強風に備えて今回は屋根に養生することを紹介しました。
HOLPFIはそのあとミンドロ島を襲った台風29号の被災地を支援しましたのでアルサビ村を助けることができませんでした。ではどのようにして彼らは修理をすることができたのでしょう?スタッフが住民から聞いたところ、2年かけて取り組んでいたファイナンス・マネージメントの取り組みから、「帳面をつけるのは大変だから竹筒に貯金をする」という彼らからのアイデアを実践し、その貯金を取り崩すことで修理をすることが出来たと言うことでした。ちゃんとバスケットゴールも修繕しました!しかし彼らの収入源のバナナ畑は被害を受け、今後一年に渡って収穫は望めず、当分は値段の安い根菜(たろ芋、サツマイモ、など)の収入に頼るしかありません。

台風28号通過後 修復された村
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【写真:家も補修完了。今回は屋根を養生しました。】
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【写真:バスケットゴール。前より立派なものができました。】

=共産ゲリラ(NPA)=
引っ越しをしたものの、昨年の末から2回、NPAと国軍の衝突があり、近くのマンヤン村と共に里の村に避難、ということがありました。台風後の厳しい生活の中、2月に入ってNPA が今までに増して頻繁に引っ越し先の村にまで来て、勧誘を始めました。台風のあと彼らも食料調達が難しくなったのでしょう、村の人たちから相場の半分の値段で食べ物を買っていくのです。国軍が村の近くまで来ているため、NPAと国軍の衝突が起きる前に安全のために麓の村に避難しました。村長さんの配慮で空き地に簡易の家を建てました。地元の人の畑で働かせてもらい、また政府からの食料の支給があり、地元のカトリックの私立の学校からは支援物資をもらうことができました。台風の後の大変な時期であったため、彼らに取っては大きな助けでした。子どもたちは疎開先の小学校の空いているスペースを間借りして勉強していました。HOLPFIはアルサビのリーダー、麓の村の村長さんと連絡を取りながら、また疎開先に訪問し、現地の様子をモニターしていました。2月29日、村長さんが村に帰っても大丈夫であると判断され、村の人たちは最後の給食支援を受けて村に帰ることができました。
一難去ってまた一難。一つ一つ困難に立ち向かって淡々と生活している村の人たちに力強さを感じます。村に帰り、村作りの再開です。台風で全滅したバナナ畑が回復するまで1年以上。以前から現金収入が十分でなく、生活をするのは大変でしたが、副収入を得る方法については話し合われることはありませんでした。主収入源が断たれ、大変な生活が続きますが、農業にだけに依存しないで、副収入を得る方法が必要であることを理解し、行動変化を起こすきっかけになるようHOLPFIは村の人々に働きかけます。

共産ゲリラからの緊急避難
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【写真:とりあえずの住まい】

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