地震直後の話を元役場職員に聞く | 活動報告|ハンガーゼロ

活動報告

ハンガーゼロの様々な活動の報告をいたします。

地震直後の話を元役場職員に聞く

1月11日報告:ハンガーゼロ能登半島地震緊急支援 先遣隊 鶴浦弘敏

輪島市門前総合支所元職員の池田さんに地震直後の話を聞きました


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私はこの総合支所の隣にある消防所内の有線放送電話室に配属されていました。それからシステムがケーブルテレビになったので役場内にできたケーブルテレビの放送課に配属され、その後定年まで働きました。▶︎左に池田さん、鶴浦

能登は最近、地震は続いていましたね

 とくに珠洲市はね。昨年5月の珠洲地震の時は揺れることは揺れたけど、ここはそうでもなかった。屋根瓦の落ちるというようなこともなかったですから。でも今回の揺れは全然違いました。

地震の日はどうされていましたか

 元日に内灘にいる息子と津幡の娘の家族と一緒にお昼ご飯を食べて子どもらが帰ったあと、私と家内とばあちゃん(母)とテレビ見とったら地震がきました。

その後津波の警告が出ましたね

 津波が来るって聞いたので、とりあえず婆ちゃんを裏の高台にあるお寺に連れて行こうとしたら、寺につながる参道が崩れていたので暗くなるまでしばらく止まっていました。それで町民会館と中学校と門前高校が避難所になったので向かいました。その途中、この総合支所に電気(自家発電)が点いていたので、寄ってみたらここでも避難できるとのことで入れてもらいました。母は92歳で腰が曲がっていてベットがないと起きあがれないので翌日には別の避難所に移しました。結局、津波は来ませんでしたけど、地形が隆起したので「海が遠くなった」って聞いています。

関野鼻被害.jpg

能登半島の景勝地「関野鼻」も地震の影響で損傷した可能性も・(途中で撮影)

まさかの2度目ですね

 こればっかりはどうしようもありません。家も傾いているし・・住むかどうかまだ決めかねています。とりあえず時々自宅に戻っては少しづつ片付け始めています。親戚の門前唯一のお菓子屋(和菓子)さんは建物がだめになり廃業することになりそうです。

 ここには最初、区長さんがいたのですが、その方がボランティアセンターの立ち上げを手伝うことになり、職員OBの私がみなさんのお世話係をさせていただくことになりました。でも役場も地震対応の罹災証明とか死亡届とかで動きだすので、ここからは出ないといけなくなると思います。私の近所で亡くなられた方もおられます。

備蓄はありますか、他に必要は?

 ここには水と毛布が少しありました。物資はここから近い総合運動公園に集められるので必要なものはそこから調達できているのでなんとかいけています。

 この後、ハンガーゼロほか団体で持参した水や日用品・衛生用品・食料などをお届けしました。

総合運動公園物資.jpg

家の片付けボランティアは必要ですか

 とにかく町のボランティアセンターが動きださないと、誰でも家に入ってもらうわけにもいけませんので。すでに門前でも窃盗が出てきていますから。

門前雨風の中で.jpg

能登は突然天候が悪化して、激しい雨や雹、強風でさらに倒壊の危険もあります

 ハンガーゼロの能登半島地震緊急支援先遣隊は、内灘町の内灘聖書教会に設置された活動拠点(正式名称や運営体制は準備中)に入り、ほかの支援団体との協力体制でいまの段階でできる緊急物資の配布などの支援から取り組んでいます。8日からは安達とサイモンスタッフも合流、二人はさっそく羽咋市の幼稚園などに水を運びました。

 近藤班長は、刻々と変化する被災者のこれからのニーズを探りなら、珠洲市、輪島市へのアクセスに近い活動拠点の調査にも入っています。

 またハンガーゼロは、すでに河北郡津幡町に物資倉庫を確保、パン・アキモトのパン缶やFUKUSIMAいのちの水から送られている飲料水、ほか生活用品類他の集積場所として、協力団体との支援活動に活用していきます。

倉庫01.jpg

倉庫03.jpg

倉庫にはウクライナでの活動に参加された月井サムエルさんも車に物資を満載して届けてくれました。

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①郵便振替 
 00170-9-68590 (一財)日本国際飢餓対策機構 必ず「能登地震」と明記のこと

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